「学力の経済力」とは2015年に発行された書籍である。「学力の経済学」というタイトルではあるが、ビジネス書というよりかは「子育てにおける教育の指針」のようなものを、経済学という観点から論じている内容になっている。
著者は慶應義塾大学の准教授である中室牧子氏。あまり耳馴染みはないが「教育経済学」という分野を専門にしている。
データに基づく客観的教育論が面白い
教育という分野は親になった以上は誰しもが意識するものであり、教育について論じられている書籍はそれこそ無数にある。
本書の中にも書かれているが、よくある「東大生を育てた親による頭の良い子の育て方」とか「教育評論家による子育て論」といったような、主観をメインにした教育論は一切展開されていない。あくまで数々の実験データによるエビデンスから得た、客観的な教育論を主軸に本書が構成されている。
もちろん「東大生の育てた親による~」のように主観メインでの教育論も間違っているわけではないと思う。ただし本書では教育にとって効果があると言われている施策が、相関関係によって起きた事象なのか、因果関係によって起きた事象なのかに言及し、因果関係によって得られた事象にこそ意味があると説いている。
本書の素晴らしいところは、そうした事実から本当に意味のある教育施策を導いていることだ(まぁ研究者なのだから当たり前と言っちゃ当たり前なのだけれど)。どちらかというと女性よりも男性に好まれる本なのかもしれない。
ちなみに著者自身は結婚はしているものの、子供はいないらしい(もしかしたら子供がいないということが、純粋に子育てや教育を客観的目線から評価できる要素になっているのかもしれない)。
最も信用度の高いランダム化比較試験
本書は数ある実験データのエビデンスから「あるべき教育」のモデルを導いているわけだが、最も信用度の高いランダム化比較試験という実験手法を用いたデータを使用することが多い。
【ランダム化比較試験とは】
ランダムで抽出した実験対照群を2つのグループに分け(もちろん特殊な偏りが生まれないように)、一方は(少人数学級や幼児教育など実験目的となる)処置を行い、一方は処置をせずにそのままにして観察する。そうすることで、純粋にその処置自体が及ぼす影響を計測するというものだ。
本実験手法では処置に対する因果関係が浮き彫りになってくるため、信憑性の高いデータを得ることができる。
本書にて紹介されているエビデンスのほどんどは、上記のランダム化比較試験が基本となっているので、「なるほど」と納得する場面も多く、著者の意見についても信憑性が増してくる。
子育ての通説を覆す事実が多数
子育てに関しては「ゲームはいけない」とか「ご褒美でつってはいけない」とか「褒めて育てた方がよい」などの通説がはびこっている。だが本書ではこのような通説に異を唱えることから始まっている。
主に海外で行われている実験データを用いて説明しているのだが、子供の行動に対してインセンティブを与えることは良いことだし、適度な時間ゲームをプレイすることは成長においても良い影響を及ぼし、褒めるにしても無条件に褒めれば良いわけではなく、何に対して褒めるのかが大事になってくると説明がある。
詳しい内容を知りたいということであれば、まずは本書を読んでいただければと思う・・ もし子を持つ親であれば、今後の教育方針について考え直さねば。という思いに駆られるのではないだろうか(実際に僕自身も教育について考え直させられてしまった)。
特に教育投資にかける時期は考えさせられる
本書において最も考えさせられるのは、教育投資にかける時期についてだ。教育に投資するのであれば、就学前の幼児教育が最もパフォーマンスが高いという。
これも海外での実験結果を基にしているのだが、幼児教育をしっかり受けると、目に見える学力だけでなく、自制心・やり抜く力・社会性・物事に対する意欲(本書では“非認知能力”と表現している)などの、生きるために必要な根本の能力が発達するようだ。
そしてその非認知能力の高さは幼少期だけでなく、大人になってからも効果を発揮し、より社会で活躍し、年収が高くなる傾向にあるという。こうした非認知能力を磨くには幼児教育におけるしつけが大事であり、幼児教育へ投資することの重要さを教えてくれる。
おわりに
子供の教育という難題に対して、相関関係が多分に影響している実験結果や、主張ありきの教育論などではなく、極めてフラットで客観的な実験データから教育のありかたを説いてくれる一冊であった。
ただし日本では倫理上の問題から、教育に実験を用いるのはまだまだ難しいようだ。だが著者の主張にもあるように、限られた予算の中で高いパフォーマンスを上げるためには、学問もしかるべき研究対象とするべきだし、教育にもエビデンスをもっと活用してもらいたいものである。