「HARD THINGS」は2015年に発行された経営書。著者はアメリカのビジネスマンであるベン・ホロウィッツという人物。
ベン・ホロウィッツ氏はインターネットベンチャーである、オプスウェア社(元ラウドクラウド)のCEOを務めたという経歴の持ち主で、現在は「アンドリーセン・ホロウィッツ」というシリコンバレーを拠点としたベンチャーキャピタルを運営している。
本書では著者がこれまでに経験してきたことを軸にして、会社経営をしていく上でぶちあたる様々な困難を目前にしたときに取るべき、しかるべき行動について記されている。
成功体験というよりも困難にフォーカスされてる
当書籍はホロウィッツ氏による企業経営の経験がベースとなっているので、いわゆる経営者による企業経営のノウハウが詰まった経営書に分類される。
ただし一般的な経営書と決定的に違うことは、著者の成功体験を通して夢や希望について語るのではなく、本の表紙にも「答えがない難問と困難に きみはどう立ち向かうか」というメッセージが添えられているように、経営者としての苦悩や困難をベースに構成されていることだ。
まずは著者の過去の経験が語られる
本書は全9章で構成されるのだが、1章~3章まではホロウィッツ氏の生い立ちから妻との出会い、そしてビジネスパートナーとなるマーク・アンドリーセンという人物との出会いから始まり、ラウドクラウド社の立上げ、オプスウェア社への事業切り替え、HP(ヒューレットパッカード)への事業売却までのストーリーが語られる。
1章~3章でホロウィッツ氏の会社経営における歴史を知ることで、どれほどの困難にぶつかり、ことあるごとに危機を回避してきたのか、その波瀾万丈なCEOとしての活躍をうかがい知ることができる。
後のオプスウェア社となるラウドクラウド社はインターネットベンチャーということもあり、急速な業務拡大で短期間で社員数は400名にも上ったという。そこまで組織が大きくなれば、経営判断も複雑になるし、インターネットベンチャーであればスピードも求められる。それに上場企業でもあるためステークホルダーも多岐にわたり、相当なプレッシャーを感じることだろう。
現在のベンチャーキャピタルでも、FacebookやTwitter、Airbnbといった名だたる企業が投資先になっているようで、その手腕や判断力、人を見る目に関しては超がつくほどの一級品なのだろう。
唯一のツッコミどころ
書籍を読み進めて、なんかよく分からなかったのが、ホロウィッツ氏が出張で家を空けている最中、妻が呼吸停止に陥ったと報告を受ける描写があった。
特段病気を患っていたわけではないのに(少なくとも病気うんぬんは書かれていない)、なぜ呼吸停止になるのか? なぜその後状態を取り戻して普通に生活しているのか?
思わず「どないなっとんねん!」と関西人でもないのに関西弁で突っ込みたくもなるが、結局は分からずじまいでモヤモヤしたままだ。
困難に立ち向かうためのノウハウ
著者自身が会社が倒産に追い込まれるような困難をいくつも乗り切っているのだから、第4章以降の会社経営における難題解決におけるノウハウについても説得力が生まれる。
会社が不調であるときのCEOとしての立ち振る舞い、従業員を解雇するとき、社員が能力不足のときの対応、不用意な経営判断によるリスク、部門間対立への対処、CEOとしての適正などなど、あらゆる事象に対して、ホロウィッツ氏の経験に即したアドバイスが記載されている。
特に平時のCEO(業績も伸びて設備や人などに投資できる良好な状況)と戦時のCEO(業績が悪化し何かしらの手を打たなければいけない危機的状況)では、同じCEOでも求められる資質が異なるという点は非常に面白かったな。
経営者であれば会社経営は困難の連続であることを身をもって実感しているだろうし、夢物語のような経営書よりも、よっぽどためになり、勇気づけられるのではないだろうか。
アメリカと日本での会社観の違いに違和感
本書を読んでいて違和感を覚える部分と言えば、アメリカと日本という異なるフィールドで生まれる、会社観の違いではないだろうか。
日本企業であれば、そうそう社員を解雇するなんて発想に及ばない(及んでもそう簡単に実行できない)だろうし、投資家からの資金調達や事業売却も対する考えも、日本はアメリカにくらべて少々鈍感かもしれない。
テクノロジーの分野ではスピードが大事であり、多額の資金調達をして、急速に会社を拡大させ、世界のインターネット市場を席巻するというのは、まさしくTHE・シリコンバレーといったやり方だ。
日本企業もだんだんとベンチャー企業がやりやすくなってきた土壌ができているが、こうした部分がなじめないと、違和感を覚えてしまうこともあるかもしれない。
経営の本質を教えてくれる
本書は一流経営者による、ハイレベルな経営指南書であることは間違いない。同じ経営者だとしても、会社規模、スピード感、アメリカと日本の違い、上場の有無などを考えると「別次元の話だよな」と感じることもあるかもしれないが、経営の本質は変わらないことを教えてくれる。
大なり小なり、会社経営は喜ばしいことばかりではなく、苦悩と困難の連続だ。会社として生き残り、成長していくためには、歯を食いしばっていくつもの壁を乗り越えていかねばならない。
本書の最終章らへんだったかな、「偉大な経営者は逃げない」という言葉が載せられていた。まさしくその通りだ。それこそが良き経営者としての本質であるのだろう。きっと。
おわりに
ベン・ホロウィッツという人物は、日本ではスティーブジョブズやビルゲイツなどと比較すると知名度はやや低い(いや、僕も知らなかった)。
先にも述べたとおり、本書でも最初はホロウィッツ氏の功績というかCEOとしての活躍を記載しているが、本書で初めて著者を知るのであれば、著者のことを事前に調べておくと、すんなり入っていけるし、より有意義な読書となるはずだ。