人脈・年齢・肩書きでマウントをとってくる人間の浅さ

人脈・年齢・肩書きでマウントをとってくる人間の浅さ

人間関係とは難しいものである。とくに初対面の人だと、どう接してよいのか分からずに、お互い探り探りだったりする。

そんなときに人脈、年齢、肩書きといった要素でマウントを取ってくる人間はあなたの周りにもいないだろうか。僕はたまにそうした人間に遭遇するのだが、そうした人たちに会うたびに疲れるし、そうした人たちには何の魅力も感じない。

 

人脈・年齢・肩書きは人をはかる要素にはならない

人脈・年齢・肩書きといった要素は、人をはかる要素にはならない。これは断言してもよいぐらい。

ただ僕もそうした要素をまったく無視しているわけではない。年配の方であれば人生経験が豊富でいろいろなことを知っているんだろうなと思うし、たいそうな肩書があれば責任ある仕事をしているのかなとも思う。

初対面で何も分からない状態で、こうした分かりやすい要素でいろいろ推測するのは悪いことではないが、思考停止する感じで人脈・年齢・肩書きだけを見てマウントをとってくるような人は、以下のような勘違いを起こしている。

 

人脈の広さ = 持っている名刺の数

そもそも人脈という言葉自体、僕はあまり好きではないのだが、確かに人脈が広いというのは仕事をする上で大事だ。でも人脈の豊富さで自己の優位性を保とうとしている人間は、人脈の本質を勘違いしている場合が多い。

最もやばいのは「持っている名刺の数 = 人脈」と勘違いしているタイプ。名刺なんていくらでも集めることができるし、それってただの顔見知り程度にしかすぎない。

どれだけ名刺を持っていたとしても(それが社会的地位のある人の名刺だったとしても)「あなたが困ったときに、いったいどれだけの人が助けてくれるんですか?」と問うてみたい。

人脈と呼んでよいのは、親身に相談をのってくれ、自分がつらいときに頼っても受け止めてくれるような関係というか、名刺の数なんかではなく、しっかりと信頼関係に基づいたものこそ本物だと思う。

 

肩書き = 仕事ができる

肩書きも社会的信用を得る上では大事だ。例えば「部長」なんて役職についていれば、責任のあるポジションを任されて仕事ができる人なのだと思う人も多いだろう。

ただ「肩書き = 仕事ができる」という考え方はとても危険。肩書きなんて、会社としてはいくつでも与えることができる。それもタダで。

体よく部長という肩書きを与えておいて、実際聞いてみたら部員が1,2人だったなんてこともあるし、ときには部員自体がいないなんてことだってある。管理職でありながら、何も管理するものがないというミステリー。

それに会社の規模も見なければならない。社員数が数万人規模の会社で部長クラスと聞くと、確かにそれはすごいと思う。ただ社員数が数十名程度の中小企業で部長職を務めていると言われても、一概にその人の能力は判断できない。

そんなことも考えずに、名刺に書いてある役職とか肩書きだけで人を判断するのは、思慮浅いとしか言いようがない。

(誤解のないよう言っておくが、組織運営においては役職を持たせることは合理的なので、役職自体を否定しているわけではない)

 

年齢が高い = えらい

「年齢が高い = えらい」という思考を持っている人は、無駄にプライドも高いし、厄介だ。

よく初対面の会話で、お互い敬語同士で話し合っていたのが、相手が年下だと分かった瞬間にタメ口で話してくる人がいると思う。本当に理解できない。

年齢というのは、物理的に生まれてからこれまでの人生の長さを表すために用いる尺度であり、人間の能力とか経験値とかは何も比例しない。

敬意の証でもある敬語を止めるぐらいだから、自分よりも年が下の人間に対しては、何があっても敬意を持つことはないんだろうね。

 

人間にどっちが上とか下とかない

ここまで説明してきて「であれば、どんな要素で優劣をつければよいの」と思う人もいるかもしれないが、僕は優劣をつける必要なんてないと思う。

そもそも優劣をつけようという考え自体がおかしいと思うし、そうして優劣をつけた瞬間から、得られるものも得られずに、損することの方が多いんじゃないかな。

 

シチュエーションが変われば立場も逆転する

人脈、年齢・肩書きといった要素でマウントを取るのもよいが、それって局所的で限定的な場面に限られてくるのではないだろうか。会社内での関係性だったり、取引先との関係性だったり。主に仕事関係でのシチュエーションが多いのかな。

ただ会社内で上司だった人間も、別の業界に転職をすれば、年下の人間が自分の上司になるかもしれない。また仕事ではなく趣味の領域においては、自分よりも会社的にポジションが下の人間の方が、その趣味の分野においては長けているかもしれない。

要はシチュエーションが変われば、自分よりも下だと思っている人に、教えを請わなければならないときだって発生する。こんなとき、人脈・年齢・肩書きなどで優位性を保って満足していたような人たちは、どのような態度でいるのだろう。教える者、教えを請う者という立場が変わっても、変わらずに傲慢でいられるのだろうか。

 

誰に対しても敬意を忘れず

こう考えると、結局は上か下かなんてない。ある人は○○の分野は上手だけど、○○の分野は苦手とか絶対にある。仕事という世界では、あくまで組織運営を合理的に回すためにポジションが与えられているのであって、それは人間を評価するための”ものさし”とは別である。

せまい世界の中のポジションだけで勘違いしてはいけない。どんな人にだって自分より優れている部分はあるだろうし、誰にだって敬意をもって接することが、本当の意味で信頼関係を構築するために大事なポイントになるんじゃないかな。

 

おわりに

何回も言葉にしているが、人脈・年齢・肩書きなどで人を判断していると、その人の本当に良い部分とかって、見えなくなる気がする。それにさっきも言ったけど、相手から得られるものにも目がいかず結局損をするのは自分なのだ。

人付き合いをする上でも、人の魅力って人脈・年齢・肩書きなどで表現できないところに表れると思うし、他人と付き合うにしても、そうした部分を大事にしていきたいと僕は心の底から思うのだ。

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