「サピエンス全史」を読んだ感想~常識を覆してくれる名著~

「サピエンス全史」を読んだ感想~常識を覆してくれる名著~

世界的ベストセラーになったサピエンス全史。

ユヴァル・ノア・ハラリというイスラエルの歴史学者が執筆した書籍(翻訳: 柴田裕之)で、我々ホモ・サピエンスがなぜこれほどまでに繁栄することができたのかを、人類の歴史を紐解きながら解説してくれる。人類史という壮大なストーリーが背景にあるわけだが、読めば読むほど我々が抱いている先入観や常識というものを良い意味でぶっ壊してくれる名著だった。

本書によると、人類が生物界ヒエラルキーの頂点に達し、これほどまでに繁栄できた理由には、大きな革命が3つあったという。それは「認知革命」「農業革命」「科学革命」だ。その三つの革命に焦点を当てながら、サピエンス全史の内容と僕自身が感じたことを記していきたい。

 

認知革命によってホモ・サピエンスは生き残ることができた

今の感覚でいうと、人類=ホモ・サピエンスとなるわけだが、それには若干の誤解がある。かつてはネアンデルタール人や北京原人など、地球上には多くの人類が存在し、同時期に複数種の人類が生息していることもあった(犬にも柴犬やチワワ、トイプードルがいるように、いくつかの種があると考えると理解しやすいだろう)。

そうした数々の人類種の中で、なぜホモ・サピエンスだけが生き残ることができたのか、その理由は「認知革命」のおかげだという。
※このあたりの話は以前NHKでも「人類誕生」という全3回のシリーズが放送されていて、僕自身も興味深く見ていた。

認知革命の根源は空想上の共通認識を持てる力であり、我々ホモ・サピエンスにあって、ネアンデルタール人にないものでもある。この認知革命をきっかけに、獰猛な猛獣たちから襲われる恐怖におびえながら生活を営んでいた人類は、知恵を駆使し、社会的ネットワークを構築し、生物の中でも特異な存在になることができた。本書では虚構という言葉を用いて説明している。

虚構、共通認識は目に見えるものだけを信じることではなく、目に見えないものさえも信じることができる力だ。例えば神を信じるということは極めて宗教的であり現実には存在しないものだが、神という共通認識があることによって、他人同士が信用しあうことができ、協力して何かを成し遂げることができるようになる。

我々は共通認識を持つことで、おいしい木の実が採集できる場所や、マンモスを狩る方法などを仲間内で共有することができるようになった。それにもっと上手に動物を狩る方法や、上手に木の実を採集する方法なんかも、知恵を使ってより良いものへの発展させることができる。

こうした認知革命が起きたからこそ、ホモ・サピエンスに文化と発展が生まれた。それによりホモ・サピエンスよりも少数のチーム体制で活動していたネアンデルタール人やその他の人類種族よりも、優れた種族になりえることができたのである。

こうした虚構・共通認識は宗教的・神話的なものだけではなく、資本主義や共産主義、さらには会社の中の理念もあてはまる。資本主義というものに対して何の疑いも持たずに、資本主義経済を謳歌している僕にとっては、目から鱗が落ちるような話だった。

つまり現在当たり前のように感じているもの、信念、満足度なども、それはすべて虚構であり、歴史と時代の流れによって形を変えていくということなのだ。

 

農業革命によって苦労が多くなる

一般的に農耕生活を始めたことによって人類は安定的に食料を得ることができるようになり、人類の繁栄にとって農業は大きな革命だったと言われている。それは間違いでもなく、狩猟採集が基本だった人類が農業を始め、特定の場所に居住することによって、多くの子を育てることも容易になり、人口が増加したのは事実だ。

だが本書の記述で最も興味深かったのは、農耕によって人々は縛られる生活、不自由さとリスクも同時に背負ってしまったというものだ。

農耕を始めれば気候の影響によって飢餓に襲われるリスクも出てくるし、田畑を管理するために多くの時間も費やさなければならない。そして定住により縄張り意識が強くなったために近隣部族との争いごとも発生する。

こうしたことを踏まえると、農業革命が始まる前の狩猟採集時代の方が、より満足度の高い日常生活だったのではないかとさえ思ってしまう。狩猟採集時代には、あらゆる木の実や動物、昆虫を食べていたため栄養バランスも豊富だったし、飢餓に襲われることもなかった。さらに田畑を管理することも必要なかったので労働(狩猟採集)に費やす時間も農耕生活に比べて短かったとのことだ。

 

より社会的ネットワークが発達し、地球は人類の惑星へ

農耕社会を発達させていくことで、より安定的に食料を確保できるようになった人類は、虚構・共通認識という力も相まって、さらに大きな社会的ネットワークを構築することに成功した。世界には数々の帝国が生まれ、今日のグローバル社会へとつながるわけだ。

そうした大規模社会ネットワークへの発展には「貨幣の存在」「帝国の存在」「宗教の存在」の3つが大事だったと解説している。

我々日本人にとって、帝国と宗教に関してはあまりなじみ深く感じることはできないかもしれないが、貨幣は私たちでも最も身近に使うものである。貨幣とは物質自体に価値があるわけではなく「あらゆる物やサービスと交換できる価値がある」と多くの人が思い込むことによって価値が生まれるものである。ここでも人類の虚構、共通認識が力を発揮する。

とにかくどれだけ現代社会が共通認識によって成り立っているかが、本書を読むことであらためて気づかされる。当たり前だと思っていたものは決して恒久的な価値観ではなく、それは自分が身を置いている時代と環境に左右されるものだと認識させられる。そしてそれも永遠には続かなく、新しい価値観が生まれ、どんどん良いもの、悪いものの定義も変わっていくのだろう。

 

科学革命によってさらに巨大な力を手に入れる

人類にとっての一番直近の革命は16世紀ごろに発生した科学革命だ。

この科学革命は何がすごいかというと、それまで帝国を治めていた支配者は、この世のすべてを把握しているという権威のもと、人々からの信仰と信頼を獲得していたわけだが、科学革命は無知を認識することから始まったという。

この科学革命は西ヨーロッパを中心に生まれた。それ以前はアジアや地中海沿岸の国々が世界の覇権を握っていたのにも関わらず、科学革命を機に、西ヨーロッパ諸国が世界の覇権を握ることができるようになったということも非常に興味深い(なおかつその価値観は、今日のグローバルスタンダードにさえなっているのだ)。

まだまだ未知の国があるから、コロンブスやクック船長は長い航海に出ることになり、それによって多くの発見が生まれた。多くの動植物の発見や、失われた民族の文化を探るなど、学術的発見も大いにあったが、技術力が飛躍的に伸びたことで、スペインはわずか数百名という規模で南アメリカを征服することに成功したし、植民地化という政治的政策にもつながった。

しまいには自ら人類を絶滅に追い込むことのできる核爆弾まで開発したというのだから、ここ数百年の歴史の動きは目を見張るものがある。

それに科学技術の発展により、エネルギーや富の総量なども増し、我々の生活はとても豊かになった。資本主義経済が活発になり、今の私たちの生活の礎がつくられた。

 

幸福度は高くなったのか

本書を読んでいて面白かったのは、科学革命によって人類の平均寿命は延び(赤子の死亡率の減少)、エネルギーの使い方を知ることで、とても快適な生活を送ることができるようになったが、幸福度も比例して高くなったのか? という記述があった。

幸福度についての研究はまだ始まったばかりらしいが、金銭的な豊かさと幸福度は比例しないという。たとえ宝くじで高額当選をしたとしても、その瞬間の幸福度は高まるが、その幸福を持続させることはできない。やがて幸福度は一定の水準におさまり、ないものねだりのように別のなにかを欲しがるようになる。

では何によって幸福度は高まるのか? ということだが、それは地域や家族など、ローカルなコミュニティによってもたらされるようだ。

そう考えると、人類はもともと家族や知人という超ローカルな集団から始まり、農耕社会によって村や町ができ、その後の人口増によって都市レベルに発展した。そして科学革命によってグローバル社会となった現在は、個人が優先されるような社会になった。

国家という枠組みの中、法律が整備されたおかげで、身内が起こした問題で敵討ちをされることもなければ、村同士で殺し合いの発展にいたることもない。女性や子供の人権も尊重される社会で、なによりも個人として幸せを追求するようになり、どんどんローカルなコミュニティの関係性は希薄になっている。

時代が進むにつれ、幸福度は下がっているのでないだろうか・・? とさえ思ってしまう。理不尽な暴力が横行し、個人の人権が尊重されない中世の時代、はたまた飢餓の危険はあれど村人同士で協力しあって生計を立てていた農耕時代の人々の方が幸福度は高かったのではないだろうか。

もちろん比較するすべはないので、本当のところは分からない。

 

人類は次のステージへ

本書の最後には「超ホモ・サピエンスの時代へ」という章で、ホモ・サピエンスの未来予測的な部分も記載されていた。非有機体との融合であるサイボーグ的人類が登場したり、コンピュータ技術の発達によって、人類みたいな何かが登場するかもしれない。

未来のことはだれにも予測できないわけだが、既に現代でも脳みその信号と連動して動くようなテクノロジー義手だって登場しているし、AIの発達によって肉体はなくとも意識レベルで認識できる人格もある。

どのような方向性に動くのかはわからないが、今後人類は新しいステージに進むことは確かだろう。

 

おわりに

サピエンス全史は上下巻あり、そこそこボリュームある書籍であるが、読んでおいて損はないだろう。読み終えた後は自身の価値観の上で本書を語るというよりも、価値観自体の再構築をしてくれる。

当たり前は当たり前ではなく、自分自身がそう思っているだけなのだ。だがそうした思い込みがあったからこそ、我々ホモ・サピエンスがここまで反映できたのだろう。

 

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